科学の問題点 のバックアップ(No.1)
- 大盛マスク@Uton_YaYuYo
「科学的に正しい」あるいは「化学的に証明された」というのは、あくまで「科学的手法によって真実に漸近できる」という仮定を何の理由なく肯定したうえでの話だから、無条件に正しいわけじゃない。 - 大盛マスク@Uton_YaYuYo
(続き)無論、科学的手法は実際的には強力な手段であるのだが、これが通用しなくなる場面・状況というのは必ず存在しうる。 - 大盛マスク@Uton_YaYuYo
(続き)あと、もう一つの問題点として、「科学的に正しい」という場合、自分でその正しさのプロセスを厳密に検証することは(金と時間の面で)困難だし、あるていどの妥当性を検証するのもかなり大変な話だ。
だから実生活上では権威主義的とか科学教とか言われても仕方ない状態になる。 - 大盛マスク@Uton_YaYuYo
本当は科学というのは世界を記述するための手段に過ぎないものである。そのため、本来的には「目的」というものは科学の外にあるはずなのだが、科学というのが強力であるために目的が混ぜ込まれやすい……という問題はある。 - 大盛マスク@Uton_YaYuYo
(続き)例えば、「〇〇薬が他の薬に比べて余命を延長する」ということが科学的な範囲内で証明されたとしても、
「〇〇薬がいいぞ」あるいは「〇〇薬を投与すべきだ」というためには、「余命の延長はよいことである」という隠された前提を肯定しなければならない。 - 大盛マスク@Uton_YaYuYo
(続き)「余命の延長」だったらば、それ自体に否という人は少ないから、ぞの前提となる価値観が隠されてても支障がない……とか考えることもできるかもしれない。
しかし、これが「民衆全体の遺伝的優秀さ」とかだったら……というのは、優生学の歴史を振り返ると結構怖い話である。(終)